研究会・講演会備忘録−印象に残ったひとこと−

No.23 第19回豊島原論   事故が相次ぐガス化溶融炉〜その背景と実際〜  環境問題フリーライター 津川敬  2004・1・31

 

 残念なことに1月24日、香川県直島町の豊島産廃中間処理施設第2号炉で小爆発事故 が起こってしまいました。2号炉は去年8月にも小爆発が起こった炉です。今回の小爆発は去年の事故よりずっと規模の大きな炉内のガスの爆発だったようです。

  鉄製のふた(直径11メートル、厚さ6ミリ)が変形し、コンベヤーのナットがはず れ大きく2つに裂けてしまいました。原因を究明して、施設の改造が行われるまで処 理はストップすることになりました。  

 タイムリーといっていいのかどうか、去年からお願いしてあったのですが環境問題フ リーライターの津川敬さんによる第19回豊島原論は「事故があいつぐガス化溶融炉〜その背景と実際〜」という テーマでした。豊島住民の方も何人か聞きにきてくれました。岡山の市民団体の方々も 聞きにきてくれました。感謝、感謝です!

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 そもそもガス化溶融は開発すべき技術ではなかったというのが最初の言葉でした。

ガス化溶融というのは古くて新しい「欠陥技術」だそうです。ゴミのガス化も溶融(最 初は焼却灰の溶融だった)も四半世紀前に挫折した技術で最初に灰溶融をやった大田清 掃工場では休炉が続いたそうです。

 この業界では新日鉄が「我が世の春」状態だそうです。1980年に大阪府茨木市で 実用炉を稼働させて以降14年間は受注がなかったそうですが、ダイオキシン問題がク ローズアップされるようになってから注目されるようになり、いま24ヶ所で動いてい ます。

 日本で最初に産廃処理にガス化溶融炉が動き出したのは、福岡県筑後市(八女広域) で2000年4月のことです。まだ4年弱しか経っていない実験工学段階といっていい技術 なのです。

 ガス化溶融炉事故は全国で相次いでいます。
愛知県東海市の新日鉄の灰溶融炉の爆 発(2002年1月29日)、
青森県むつ市の三菱マテリアル(旧川鉄が技術貸与)のごみ焼 却炉の爆発(2002年11月7日)、
島根県出雲市の日立製作所キルン型ガス溶融炉が稼 働せず引き渡しが遅れ、
ゴミが山となって残っている例(2002年12月〜)、
広島県福山 市のRDF発電(旧NKKコークスベッド直接溶融炉)の出火事故(2003年8月29日)、
福岡県玄海環境組合(三井造船キルン型ガス化溶融炉)の管破損事故(2003年9月11 日)、
北海道江別市のキルン型ガス化溶融炉(タクマ)の故障による休炉(2003年11月 )などなどです。

 企業側は@何でも燃やせる、A生成物であるスラグが利用できる、B高温なので効率 的なゴミ発電ができるというあまりにもうまい話をしています。ガス化溶融炉はイメー ジ商品となっています。

 でも、信頼性、安全性はゼロに等しい。リスク管理には時間と経験則が必要ですが 実際に稼働して3年しか経っていません。灰溶融は25年たっているのに未だにトラブ ルが続発しています。過当競争で手抜き工事という要因もあります。何でも燃やすと循 環型社会になりません。そして、本当に何でも持ち込まれると炉にトラブルが起こって 困ってしまうのです。 

 ガス化溶融炉は高いです。税金浪費型技術です。それでも自治体が飛びついたのはダ イオキシン問題もあって大型炉が欲しい、そのうえ大型だと国庫補助や地方交付税がも らえるという事業によります。

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そして2004年1月24日には香川県直島で事故が起こってしまいました。津川さんの話 によると「廃棄物の溶融はリスクを伴う技術で、これからも事故は起きる。失敗を繰 り返しながら、気を付けて処理を進めるしかない」ということです。

 長い間にわたって野焼きされ、シュレッダーダストやら鉱滓やら製紙廃液やら が(豊島に展示してある十数メートルに及ぶ産廃の断面図をみるとよく分かります) ごちゃまぜになった豊島産廃の無害化処理は技術的にも困難を極めるようです。 豊島産廃のガス化溶融はリスクを伴う事業です。そして、他に方法がなかったのも事 実です。

 豊島産廃処理を引き受けるメーカーがなく(入札企業があらわれませんでした)クボ タが随意契約で引き受けました。他のメーカーはクボタのお手並み拝見という仁義なき 戦い状態だそうです。この経過からみても中間処理の難しさが推し量れます。安全面に 注意した対応をとって、きちんとした情報公開をして産廃処理がうまく進むことを願っ ています。

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